ということで、『師弟関係』について色々考察したワケですが
(つくづく真面目だよね、あたしね。誰もほめてくれないから自分で言うが。)
哲学者研究者で思想家の内田樹さんのインタビュー記事がとても参考になりました。
『器に合わせすぎては、学びは起動しないのです』というやつで
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というか、弟子よ。これを読め。
内田さんもインタビューの中でおっしゃっていますが、
私は師弟関係というのは
『片方に教える技術や知識があり、それを教わりたいと思う人がいる。
需要と供給が一致すると師弟関係が成立する。
商取引の「等価交換」のようなものと理解していた。』んです。
でも、違うんですって。へ??そーなの??
そもそも師弟関係とは『教える』側の『贈与』から始まるんだと。
弟子が欲しいと言ってるわけじゃないことを『あげるよ』と押し付けるんだと。
なぜ弟子側が欲しがってないかというと
その知識や技術がそもそも何の役に立つのかわかってないから。
だから弟子側は『何が欲しいのかわからない状態』だけど、
師匠はそれでも技術や知識を与え続けるんだって。
これが師弟関係なんだっていうんだけど…。
うむ。
これじゃ弟子側には何も学びが発動しない…と思うんだけど
じゃぁいつ弟子側に学びが起動するのかと言えば
『今まで気づかなかったけど、初めから師匠はこんな素晴らしいことを
教えてくれていたのか』という本質的な気づきを得た時。
つまり、弟子の『器』をはるかに超えたことを師匠は教えないと
いつまでたっても学びは起動しないんだって。
なにそれ!?師匠って超大変じゃん!!!!!!
器からこぼれおちるような豊かな知識や技術を
弟子に無償に贈与し続けるのが師匠なんだって。
求められる以前に与えて、相手の器をはるかに超えたことを
教えなければならないなんて…なにそれ…想像つかない。
ま、そんなこんなで結局『師弟関係』については
うすらボンヤリしかまだわかんないんだけども
内田樹さんのおっしゃっていた中で一番印象的だったのは
『師匠に出会えるかどうかは、運任せなのか?』という質問に対し
『運ではなく「センサー」が自分に備わっているかどうかだ』
って答えていて。
つまりね。
弟子側にも自分に『無償の贈与』をしてくれる師匠との出会いに気づく
センサーがないとダメってこと。
そう考えていくと、なんかすっごく深い。
あぁ…迷宮入りしそうだよ…。
仕事以外のこと考える脳みその余裕、ないのに…。
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