『すべてのカットには意味がある』
日本の番組制作の現場で、私たちは
そういうふうに教育されてきているので
「このカットの意味は?」
「なんでこういう編集にしたの?」
「どうしてこの人にオファーをしたの?」
「このナレーションはなぜこういう表現?」
と聞かれた時に
明確に明文化して(二重表現っぽい)
説明することができます。
というか、説明できないとシンプルに
「仕事ができない人」という烙印を押されて終わり。
「なんとなく…」とか「意味ないっす」というのは
ありえなくて、そんな答えが許されるのは
ほんの一握りの天才だけ。
理由が必要ないぐらい素晴らしい作品を作る人だけ。
テレビの人って遊んでるように見えるかもだけど
案外と厳しい世界で生きてるんすよ、私たち。
今回、ボリビアで番組を作っていて
やっぱり色々言われることがある。
『なんか、日本の番組をパクってばっかり』とか
『ナレーションが気に入らない』とか。
特に異業種の人に言われることが多い。
(同業者は私の苦労が想像できるので
そんなことは言わないのだよ…
生きてるだけで天才!って言ってくれる笑)
こんなに必死に作っているものに対して
どの立場からそんなことを言うのだ?
とシンプルに疑問だけど
そう言う声に対しても、
私はきちんと理由を説明できる。
なぜそうしたか、全てに意味があるから。
だから東京でしていたように、
テレビの世界でいつもやるように
「なぜそうしたのか」をキッチリ説明したら
相手はすごくムッとしたような感じになって…
あれ…?
理由が知りたくて意見を言ったんじゃないの?
ってちょっとビックリした。
おそらく彼らは「何かを言いたい」だけで
理由なんか求めてないんですよね。
それなのに馬鹿正直にいつも通りに説明して
相手からしたら、下だと思っていたボランティアに
急に「口答え」されたような印象になったんだろうな。
あ〜、テレビ王国の外で生きるとはこういうことなのか。
そしていまだに自分のポジションを理解してない私。
いまだにテレビ王国の外での生き方はよくわからんし
こうやって時々、ビックリする。
というかさ、代替案や理由のないネガティブ意見とか
ゴミだとしか思えないんだけど…
相手を無駄に傷つけるだけじゃん。
誰かの大切なものに対して意見するなら
それなりの覚悟をするべきだって
私のいた世界では教わってきたんだけども。
他の世界では違うんか?
まずは相手を尊重しよう、ね???
non。



